TOPQ&A記事在学中の学校を卒業できなくなった学生に対して、内定取り消しはできますか?
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在学中の学校を卒業できなくなった学生に対して、内定取り消しはできますか?

内定者が在学中の学校の卒業に必要な単位が足りず、入社時点で卒業できないことがわかりました。この場合、内定取り消しは可能なのでしょうか?また、内定を取り消す場合、どのような手続きが必要になりますか?
事前に就業規則の規定や採用内定通知書の記載内容、誓約書を整えておいていただくことで、内定の取り消しが可能です。内定を取り消す場合、対象者に対しては、内定取り消しの理由を記載した内定取り消し通知書を交付してください。
回答者
磯田 直也 弁護士
ルーセント法律事務所

内定の法的性質

内定取り消しはどのような場合でも可能というわけではありません。その理由は、内定の法的性質にあります。
内定は、法律上「始期付解約権留保付労働契約」であると考えられています。これを要素ごとに分解すると以下のようになります。 

「始期付」というのは、内定後直ちに労働が始まるのではなく、翌年の4月からなどスタートの時期が別途決められているという意味です。
「解約権留保付」というのは、一定の理由があれば会社側が内定を取り消すことができるという意味です。
また、内定は「労働契約」であり、内定を出した時点で内定者と会社との労働契約が成立しています。 

解約権留保付だからといって会社側が理由なく内定を取り消すことはできません。既に労働契約が成立しているため、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)という制約を受けます。内定の取り消しについても解雇同様、「内定の取り消しは客観的に合理的で社会通念上相当として是認することができる場合に限り認められる」という最高裁判所の判例があります。
内定を出したあとで理由なく内定を取り消すということは、取り消しが違法・無効であると判断されるリスクがあります。

内定取り消しができる場合の具体例

労働契約が成立している以上、内定の取り消しは既存の従業員の解雇に匹敵するものであり、会社側がフリーハンドで行ってよいものではありません。
もっとも、どのような場合でも内定の取り消しができない、ということはありません。単位が足りず卒業できなかった(留年した)というご質問のケースは、内定の取り消しが可能な典型的な場面です。
一般的に、内定の取り消しができるケースを以下に挙げています。

留年した

いわゆる新卒採用の場合、募集要項には「○年3月卒業見込」と記載されていると思います。卒業が採用の前提となっていますから、予定どおり卒業できなかったことは内定取り消しの合理的な理由となります。

傷病により就労が困難になった

大病や重症を負い、入社後に予定されていた仕事をすることができなくなった場合です。ただし、軽症である場合や完治が見込まれる場合は業務に支障がありませんので内定取り消しはできません。内定取り消しの可否は、業種や職種、入社後の業務内容と傷病の程度から総合的に判断する必要がありますが、就労が困難な場合には内定取り消しが可能です。

学歴や経歴の詐称が発覚した

経歴等の詐称は労働者と会社との信頼関係に悪影響を与えます。詐称が深刻なものや重大なものであった場合には、信頼関係の維持が困難であると考えられますから、内定取り消しが可能です。

犯罪行為で有罪判決を受けた

内定者が入社までの間に犯罪行為を行い、または過去の前科・前歴を隠していたような場合も、内定取り消しを検討することができます。懲役刑の判決を受けて、入社予定日に労働が開始できない場合には内定取り消しができることは明らかです。
捜査中の事件や、起訴猶予や嫌疑不十分で不起訴となった場合、過去の前科・前歴が明らかになった場合に内定取り消しができるかどうかは慎重な判断が必要です。罪名や被害者との示談の有無、会社の評判に悪影響を及ぼすおそれがあるかどうかを見極める必要があります。

いずれの場合においても、上記の事由が生じた場合に会社側が内定の取り消しができることを就業規則や内定通知書に記載しておくなどの事前準備が必要不可欠です。

内定取り消しをするための事前準備

内定者の留年やその他の理由で内定を取り消す必要が生じた場合に備え、就業規則や内定通知書が整っているかご確認ください。

就業規則

就業規則に採用内定の条項を設け、内定の取り消しができる場合を網羅的に記載しておきます。

採用内定通知書

内定通知書においても、就業規則の記載と同じ内容について対象者が該当した場合に採用内定を取り消すことがある旨を記載しておきます。

内定承諾書・誓約書

内定承諾書には、内定通知を承諾した旨と、就業規則の記載と同じ内容について対象者が該当した場合、内定者は会社に速やかに通知すること、採用内定を取り消されても異議を述べないことを記載しておきます。

募集要項

留年を理由とする内定取り消しの可能性がある場合、募集要項において「○年3月卒業見込」や「大卒」を条件としているかご確認ください。採用の条件として卒業をしたことや学歴を条件としていなければ、卒業できなかった(留年した)ことのみを理由として採用内定を取り消すことはできません。

いずれの事項についても、不備や不足がある場合には顧問の社労士や弁護士にご相談されてください。

内定取り消しの手続きやその他次善策

就業規則等が整っていて、内定者が卒業できないことがわかった場合、内定を取り消すことができます。

内定を取り消す場合には、対象者に内定取り消し通知書を交付してください。
内定取り消し通知書には、内定通知書や内定承諾書に卒業できなかった場合には内定を取り消す旨の記載があり対象者も事前に同意していたことを挙げ、卒業できないことが理由で内定を取り消すことを明瞭に記載してください。理由の説明が不十分な場合、不当な内定取り消しと判断されてしまう場合もあります。 

内定の取り消しは内定者にとっては重大な問題です。新卒採用の場合はなおさらで、会社に落ち度がなくとも法的なトラブルに発展するリスクがあります。そのため、会社によっては以下のようなより柔軟な対応を採ることでリスクを避けているケースもございます。

9月卒業(秋卒業)まで待つ

9月に確実に卒業できることが期待できる場合には、入社予定日をずらすことで対応できます。9月までの間は、アルバイトやインターンとして入社させる場合もあります。

次年度の内定に振り替える

次年度にも採用の予定がある場合には、対象者の熱意や能力が次第では次年度への振り替えを行うことも検討できます。

内定取り消しではなく、内定辞退を勧奨する

傷病や経歴詐称など、微妙な判断が求められるケースでは、内定取り消しにはリスクが残ります。万が一、裁判所によって内定取り消しが無効と判断されてしまえば、入社予定日以降の賃金や慰謝料の支払いが必要となるばかりか、会社の評判にも悪影響を及ぼしかねません。
そのような場合には、内定取り消しを行うのではなく、一定の金銭的補償を含めた提案を行い、話し合いによって対象者には自主的に内定を辞退してもらう方法もあります。

まとめ

在学中の学校を卒業できなくなったというケースは比較的わかりやすく、就業規則等が整っていれば内定取り消しをしても問題はありません。 

業績悪化も含め、留年以外の理由で内定取り消しを検討する場合は必ず顧問の社労士や弁護士にご相談の上で対応を進めてください。

不当な内定取り消しをしてしまうと、企業名が厚生労働省のウェブサイトで公表されてしまい、会社にとって予想外のレピュテーションリスクともなり得ます。

 

この記事は、2025年1月28日に作成されました。

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