従業員が私生活で逮捕されたらどのように対応すべきでしょうか。
このようなとき会社の対応は、①情報の収集をする、②解雇等の措置をとるか否かは即座に判断しない、③会社内部での情報統制をする、④従業員の労働者としての権利との調整をはかるといったことになります。
また、逮捕を理由とした解雇を行うことは、法的には直ちには認められない可能性が高く、注意が必要です。
前提知識 逮捕後の刑事手続の流れ
最初に前提知識として、逮捕後の刑事手続の流れをご説明します。刑事手続に関して、逮捕された従業員がどうなるのか、会社としてもイメージを持っておくことは必要です。
1つの事件で逮捕をされると、逮捕から起算して、短ければ3日間、最大で23日間身柄拘束をされ、留置場から出てこられない可能性があります。つまり、この間は、仕事に復帰できないということになります。なお、この間、外部と電話連絡等もできません。
次に、最大で23日間の身柄拘束期間満了の時点で、検察官が、起訴をするか否か(刑事裁判に進めるかどうか)を判断します。
原則として、起訴されなければ、身柄拘束から解放されます。
一方で、起訴された場合には、その後、刑事裁判に進みますが、基本的に、起訴後も刑事裁判の判決が出るまでは、身柄拘束が続きます。ただし、起訴後は、保釈という制度を利用できるため、保釈請求を裁判所が認めれば、刑事裁判が終わるまでの間、身柄拘束からは解放されます。
また、法的には、無罪推定の原則のもと、この刑事手続の期間、何人も有罪判決が確定するまでは、犯罪者として扱われないという考えがあり、これが次に述べる解雇の取り扱いの際にも影響をしてきます。
解雇の取り扱い
従業員が逮捕された場合に、使用者が解雇をすることができるかを検討する際には、解雇の制限のルールも把握しておく必要があります。
使用者が労働者を解雇する場合、まず、就業規則に解雇事由の記載があることが必要です。通常、解雇事由や懲戒処分の種類は規定があると思いますので、問題となるのは、解雇制限の規制です。解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、解雇は制限されます(労働契約法16条)。
次に懲戒についてですが、企業の懲戒権は、企業秩序維持の観点から認められる一種の制裁罰です。この視点は、懲戒事由該当性の判断にも影響をします。すなわち、実務上、逮捕された被疑事実が、当該会社の業務に関連する内容であるか、関連性のない内容のものであるか、が一つの重要な要素となってくるのです。
もし、逮捕された被疑事実が、業務に関連しない私生活上の非行の場合、その被疑事実が会社の事業活動や社会的な評価に相当の悪影響を与えると客観的に評価されない限り、懲戒処分をすることはできないとされています(最高裁昭和49年3月15日 日本鋼管事件)。
そして、さきほど、述べた無罪推定の原則のもとでは、刑事裁判の有罪判決が確定するまでは、犯罪者として扱われないということが前提になりますので、判決確定前に被疑事実を理由にした懲戒処分をすることは、そもそも客観的に合理的な理由があるのかが問題となり得ます。
さらに、会社の事業活動や社会的な評価に相当の悪影響をあたることが確実となった場合であっても、解雇という最も重い処分が妥当するか否か、処分の重さも検討する必要があります。戒告、減給、降格、休職命令等の解雇以外の措置を選択しなかったことが、解雇権の濫用にあたり無効と判断される可能性もあります。
このように、懲戒解雇には、法律上の規制がある、ということを把握しておく必要があります。
実際の対応ポイント
まず、家族から連絡が来た時点で、出来る限り、情報(逮捕された日時、逮捕された理由(被疑事実等)、身柄拘束されている警察署、)を集めることが必要です。もっとも、家族も正確な情報を把握していない場合も多くあります。その場合、当該従業員に弁護人が付いているのであれば、弁護人と連絡を取り合うことも考えられます。ただし、弁護人には守秘義務があるため、当該従業員の承諾がなければ話ができる内容にも限度があります。
次に、当該従業員が拘束されている場所が分かれば、接見に行くという方法もあります。接見禁止という措置が取られていないのであれば、一般接見として1日1回15分程度、警察署の接見室で会って話をすることができます。
ただし、注意点があります。1つ目は、接見禁止措置が取られている場合には、弁護人以外との接見ができず、その場合には、弁護人を通じてしか連絡をすることができません。また、2つ目として、一般接見では警察の留置係も同席しており、事件に関する話は制限されてしまいます。
さらに、従業員の逮捕の事実等、情報をどう扱うかも重要です。
会社からすれば、業務の引継ぎ等が生じる関係で、関連部署等含めて関係者に何かしらの情報共有をする必要があることは当然です。ただし、逮捕されている事実等は、当該従業員にとってプライバシー性の高い情報であるため、情報が不用意に広まったりすることは、プライバシー侵害による損害賠償責任にまで発展する可能性もあります(最高裁平成6年2月8日判決)。そのため、会社としては、逮捕された事実を、必要最低限の者にのみの共有にしておくことが必要です。
また、逮捕期間中の賃金支払いをどうするかも気になると思われます。基本的に、身柄拘束中は就労不能のため、ノーワークノーペイの原則により賃金支給は不要です。ただし、有給休暇申請等が労働者側からあった場合には、有給休暇として取り扱う必要があります。場合によっては、起訴休職という対応を取ることも検討してもいいかもしれません。
さて、懲戒解雇に関してですが、逮捕された被疑事実の内容、会社内の就業規則、過去の会社での処分との均衡、裁判例等をふまえて、慎重に判断していくことになります。前述のように、逮捕されたことをもって直ちに懲戒解雇とすることは困難です。会社に顧問弁護士がいれば相談の上で検討をしていくことになります。顧問弁護士がいない場合には、外部の弁護士に相談された上で、対応をしていくことをお勧めいたします。
まとめ
以上をまとめますと、①家族や弁護人等を通じた情報収集と情報統制、②懲戒解雇の判断は、即断せずに弁護士に相談のもとで慎重に進める、③身柄拘束中の従業員の取り扱いは、労働者の権利との調整のうえで進めていく、ということになります。
※この記事は、2024年10月30日に作成されました。