元取締役による従業員の引き抜きについて、損害賠償請求はできますか?
はじめに
退任した元取締役が、在任中に築いた人的繋がりやノウハウを利用して、同種の競業会社を設立することは珍しくありません。しかし、元取締役による競業会社への従業員引抜きを許してしまうと、会社は大きな損害を被る可能性があります。そのため、会社としては、元取締役による従業員引抜きに対してどのような対策・対応を採ることができるのかを知っておく必要があります。
従業員引抜き行為の法的な位置づけ
取締役は、在任中は会社に対して忠実義務(会社法 355条 )および競業避止義務 (同法356条 1項1号)を負っており、これら義務に違反して、競業会社の設立や従業員の引抜き等を行った場合は、会社に対して損害賠償責任を負います。
一方、退任後は、会社との間のこれら義務は消滅しているため、原則として引抜きは適法と考えられており、会社は元取締役に対して損害賠償請求をすることができません。もっとも、従業員の一斉かつ大量の引抜きや、会社の企業秘密を持ち出させる方法など、著しく社会的相当性を欠く手段・態様によって、引抜きが行われた場合は、自由競争の範囲を明らかに逸脱した違法なものであるとして、会社に対する不法行為 が成立し、損害賠償請求の対象となります。
会社側がとりうる対応策
上記のとおり、何らの対策も講じていないと、元取締役の従業員引抜きに対して、損害賠償請求が認められるのは例外的な場合に限られています。そのため、会社としては、取締役就任時または在任中などに「退任後、会社の従業員に対する転職の勧誘及び従業員の採用等を禁止する」、「禁止行為を行ったことによって会社に生じた損害を賠償する」旨の合意書を締結しておくことで、元取締役による退任後の引抜き行為を禁止するとともに損害賠償責任を負うことを定めておく必要があります。
このような勧誘禁止や引抜き禁止の合意は、禁止範囲が不必要に広範囲であったり、禁止期間が不必要に長期間であったり、罰則が過大であるなどの事情により、元取締役の営業の自由を侵害しているといった事情がない限りは、契約自由の原則の範囲内として有効と考えられています。
まとめ
退任後になされた元取締役による引抜きについて、損害賠償請求が認められるのは例外的なケースに限られてしまいます。そのため、会社は事後的対応ではなく、取締役就任時または在任中等に取締役と個別に合意書を締結する等の予防的対応を講じる必要があります。
参考文献
- 東京地判平成19年4月27日労判940号25頁
- 東京地判平成2年4月17日労判581号70頁
- 大阪地判平成12年9月22日労判794号37頁
- 東京地判平成19年4月24日労判942号39頁
※この記事は、2023年11月13日に作成されました。