非公開会社の事業承継で気を付けるべきことを教えてください。
私には妻と2人の子(長男・長女)がいるのですが、長男に事業を相続させることにしました。長男に自社株式を100%相続させる遺言を書いたのですが、その他にやっておくべきことや気を付けるべきことはありますか?
そのうえで、必要に応じて、生前贈与を利用したり、生命保険や退職金の活用を検討したりしましょう。また、資産管理会社や一般社団法人、民事信託等を活用することも考えられます。
すべての出発点~会社の株主は誰か~
まずは、何よりも、誰が会社の株主なのかを確認しましょう。
特に、かつて株式会社の設立には7名以上の発起人が必要とされていた(平成2年改正前)ため、創業後、長期間が経過している会社の場合、実質的には会社に関わっていない株主が複数存在している可能性があります。
中小企業ではあまり意識されていないことも多いですが、会社の所有者は株主です。株主には少数株主権(会社法297条1項等)¹や単独株主権(会社法125条2項等)²が認められており、これらを行使されることで、思わぬところで会社の経営にブレーキがかかってしまう可能性があります。
跡を継いだ長男がスムーズに会社を経営できるよう、事前にできる限り株式を集約し、少なくとも大抵のことが単独で決議できる3分の2以上の議決権を確保しておきましょう。
株価の把握と相続税の算定
株式の集約と併せて重要なことが、株価の把握です。いま現在の株価がいくらなのか、そして想定される相続財産の中で、自社株式の占める割合がどのくらいであるのかを把握しておきましょう。
たとえば、相続財産が1億円でそのうち自社株式が占める割合が9割であったような場合、せっかく長男に自社株式を100%相続させる遺言を残していたとしても、長男はその株式を承継できないかもしれません。
法律上、誰がどの程度相続をするのかが定められていますが(民法900条)、遺言でこの割合を自由に変更することができます。
しかし、兄弟姉妹以外の法定相続人には、遺留分(一定の相続人に対して、遺言によっても奪うことのできない相続財産の一定割合の留保分)が認められています(民法1042条)。
要するに、一定の相続人については、たとえ遺言書で相続分をゼロにしたとしても、遺留分の範囲内で、相続財産を分け与えなければならない、ということです。
本件では、妻の遺留分は2,500万円、長女の遺留分は1,250万円になります。そのため、これらの金銭を渡さなければならない可能性があり、この場合、せっかく相続した自社株式を売却しなければならなくなるかもしれません。
また、相続税の支払をする必要もあります(原則、現金納付です。)。
生前の対策の重要性
以上のような問題を回避するため、単に遺言を書くだけでなく、種々の事情を踏まえた生前の相続対策が非常に重要となってきます。
生前対策で最も簡便なのは、自社株式の生前贈与です。ただし、毎年同額を継続的に贈与したような場合、一括の贈与であるとして、高額な贈与税が課されることもあります。
また、生命保険契約に基づく保険金や退職金は、原則として、相続財産には含まれません。そのため、保険金や退職金を活用して、遺留分相当額の現金を用意したり、相続税の支払のための資金を準備したりすることも非常に有用です。ただし、保険金や退職金の額によっては、相続財産と扱われてしまうこともあります。
このほか、状況によっては、資産管理会社や一般社団法人、民事信託等を活用していくことも考えられます。
いずれの手段を検討・採用するにしても、事業承継・相続に詳しい専門家にきちんと相談して設計をしていくことが重要です。
なお、保険金や退職金は原則として相続財産には含まれませんが、みなし相続財産として相続税の対象になるので注意が必要です。
まとめ
以上の通り、遺言を書いただけでは解決できない問題もたくさんあります。
また、一口に事業承継と言っても、(推定)相続人が誰であるのか、相続財産がどのような構成となっているのか、自社株式の保有割合や株価など、置かれている状況は様々です。
ぜひご自身・自社にとってベストな方法を探してみてください。
- ¹ その他の少数株主権として、会計帳簿閲覧等請求権(433 条 1 項)や、役員解任の訴えの提起権(854 条)、株主総会招集請求権(297 条 1 項)、解散の訴え提起権(833 条 1 項)などがある。
- ² その他の単独株主権として、剰余金分配請求権(105 条 1 項 1 号)、残余財産分配請求権(105 条 1 項 2 号)、 議決権(105 条 1 項 3 号)、株主代表訴訟の提起権(847 条)などがある。
※この記事は、2024年2月6日に作成されました。