固定残業代制を採用しているのに従業員から未払残業代の請求をされました。
固定残業代制度の法的な取り扱い
労働基準法37条は、時間外・休日・深夜労働の長さに応じて一定以上の割合の割増賃金を支払うことを定めていますが、割増賃金を定額で支給する、いわゆる「固定残業代」制度も法定の計算による割増賃金額を下回らなければ適法です。
固定残業代制度には、残業代計算の省力化や生活残業の削減など、業務効率化のメリットがあると言われています。一方で、労働時間の管理が疎かになり、定められた残業時間を超えても残業代を支払わないといった不適切な運用がされる例も見られます。
固定残業代制度には様々なものがありますが、主には、基本給の中に割増賃金部分を含める場合(組込型)と、基本給とは別に割増賃金に代わる手当を支給する場合(手当型)があります。ご相談のケースは前者です。
労働(残業)時間の把握
固定残業代制度がどのようなものであっても、上乗せ分に含まれる時間を超える残業が発生した場合は、超過時間について法定の計算に基づく割増賃金を支払う必要があります。
使用者には労働者の健康管理の観点からも労働時間を把握する義務があり、これは固定残業代制度を採用していても変わりません。まずは会社の把握している労働時間と元従業員の主張する労働時間に不一致が生じていないかを確認します。不一致がある場合はその原因を検討し、割増賃金の支払対象となる残業時間を確定させます。
不一致の原因としてよく見られるのは、出張など外勤日の労働時間、強制退社時刻後の持ち帰り残業、在宅勤務日の労働時間などです。
固定残業代制度の適法性
固定残業代制度の適法性についてはいくつかの最高裁判決があり、これらの判例から固定残業代が割増賃金の支払として認められるためには、次の3つの条件を満たす必要があるとされています。
①通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業時間に対応する割増賃金部分とが判別できること(明確区分性)
両者が判別できないと、固定残業代が法定の計算に基づく割増賃金額を下回っていないかを確認することができないからです。
②上乗せ分が残業に対する対価として支払われていること(対価性)
組込型の固定残業代制度では問題になることは少ないですが、上乗せ分に残業に対する対価以外の性質を有するもの(例えば皆勤や役職に対するもの)が混在していると、結局、法定の計算による割増賃金額との比較ができなくなります。この要件は、就業規則や雇用契約書の記載、使用者の説明内容などから判断されますが、法定の計算と乖離した高額な設定や実態にそぐわない長時間残業の設定をしている場合は、他の性質の混在を指摘される可能性があります。
③上乗せ分が法定の計算方法による割増賃金額を下回っていないこと
明確区分性と対価性を満たしていることを前提として、その上乗せ分が法定の計算による割増賃金額を下回っていなければ、固定残業代制度は適法です。
基本給の時間単価を最低賃金と同程度に設定している場合は、最低賃金の上昇により上乗せ分が法定の計算による割増賃金額を下回ることがありますから注意してください。
制度の適法性に疑義がある場合
未払残業代に関する紛争が裁判所に持ち込まれ、固定残業代制度の適法性が否定されると、
①基本給の上乗せ分が割増賃金の支払として認められず
②上乗せ分を含めた基本給が割増賃金の基礎額とされ
③未払額と同額を上限とする付加金の支払を命じられる
というトリプルパンチを受けることになります。
賃金請求権の消滅時効は当面の間は3年とされていますから、請求の日から最大3年分を遡って支払うことになります。さらに遅延損害金も発生します。
まとめ
元従業員の主張する残業時間に理由があり、固定残業代制度の適法性に疑義がある場合は、法定の計算による割増賃金額を上限とする一定額を支払う方向で交渉した方がよいでしょう。
未払残業代の請求は、ご相談のケースのように退職者からなされることが多いですが、未払いの発生が固定残業代制度の欠陥に起因する場合は、同じ制度の適用を受けている在職者にも影響するため、併せて制度の改正を検討する必要があります。
このように従業員から残業代の請求を受けてから使用者ができることは限られています。固定残業代制度を採用している、あるいは採用を検討している企業は、専門家に相談することをお勧めします。
そして、制度導入後も労働時間管理をしっかりと行い、制度の運用が就業規則の規定と乖離しないように留意してください。
※この記事は、2024年2月7日に作成されました。