LGBTQの従業員からの服装等に関する要望への対応方法を教えてください。
② また、営業職に職務限定をする合意があるかにより、配転命令の可否が決まることを念頭におき、配転命令可能であれば内勤への配転命令を視野に入れることになります。
③ 配転命令の可否にかかわらず、まずは設例のように打診の上で慎重に協議し、妥協点を探るべきでしょう。
LGBTQと性同一性障害
LGBTQは、同性・両性愛者(LGB)、トランスジェンダー(T)、性自認が定まらない人(Q)を指します。設例のような事案でまず困るのは、本人から「トランスジェンダーである」と打ち明けられたとしても、企業側が直ちに本当かどうか判定できない点にあります。極端な話、単なる女装趣味であるかも知れず、仮にそうであるとすれば、基本的には社内の服装規定に関する問題であり、通常は趣味を尊重した服装まで認める義務まではないと考えられます。
他方、性同一性障害であるとすれば、設例のような申出を断ることは、個人の尊厳にかかわる重要な法的利益を制限することになりかねない大きな問題となります。
最大決令和5年10月25日〔トランスジェンダー性別変更手術要件違憲決定〕
「性同一性障害者がその性自認に従った法令上の取り扱いを受けることは、…個人の人格的存在と結びついた重要な法的利益というべきである。」
このように問題に大きな違いがあるため、企業は従業員に対して医師の診断書の提出を求めて確認することが必要で、提出を求める権限があると考えられます。提出に応じない場合は、性同一性障害者であることを前提に対応するまでの義務はないと考えられます。
なお上記最高裁は、性同一性障害特例法が、性別変更の要件として「変更後の性別に似た外観の性器を備えている」ことを要求していることを違憲と判断しています。したがって、性適合手術未了であっても医師からの診断書が出ていれば、性同一性障害者として対応する必要性を否定することは困難です。
まずは慎重な協議で解決しよう
営業職は取引先の印象が重要ですから、設例において取引先の反応が怖いという企業側の危惧は十分理解できるところです。
今まで通りの身なりで働くことを打診することに問題はありませんし、あるいは中性的で従業員が納得できる程度の身なりにして欲しいと頼むことも、服装は認めるかわりに内勤を打診することも、理解のありそうな取引先のみ担当させることも、もちろん問題ありません。まずは従業員とよく協議して、お互い妥協できる解決策を探るべきです。
問題は、そのように協議を尽くしても妥協できない場合です。
協議により解決できない場合
当該従業員の職務限定がなされているかがまず問題です。営業社員限定として雇用しているのであれば、配転は不可能と考えていいでしょう。明確に営業社員に限定して採用するという書面が取り交わされていなくとも、中途採用か否か、前職での役職等の経験、給与額等の諸事情から、営業職であることが前提とされていたと認定される場合があるので、注意が必要です。
職務限定がなされているとすれば、従業員は配転命令に従う義務はありません。配転命令に応じないとして解雇することは困難です。他の営業職の女性従業員に認められている服装での勤務を認めざるを得ないことになります。ただ、それにより他の従業員の混乱が大きい、当該従業員の担当する取引先から取引を切られるなどした場合など、状況次第では解雇が可能になる場合もないとは言えません。
職務限定がなされていないのであれば、一般的に配転命令は可能です。ただ、配転命令が権利濫用に該当するとされる場合があります。本件のような場合に権利濫用となるかどうかは、先例が乏しく予測は困難です。企業側としては、真摯に協議を重ねたが合意に至らず、取引先の信用を守るという高い業務上の必要性から配転を命じた、内勤であれば指定の服装は認めるので従業員の権利を制限する程度も低い等と主張することになります。
最終的に裁判所が配転命令の合理性を認めてくれる可能性はあるとしても、紛争化の危険は高いことになります。前述のとおり、協議によって解決することがやはり重要です。
まとめ
まずは診断書等で性同一性障害か否かを確認します。その上で、職務限定の有無に照らし、究極は配転可能か否かを踏まえつつ、内勤とするか、営業職とするが中性的な服装とするとか、理解ある取引先に限るなどの妥協案について真摯に協議することが重要です。
- トランスジェンダー性別変更手術要件違憲決定(最大決令和5年10月25日)
- 性同一性障害者解雇事件(東京地決平成14年6月20日・労判830号13頁)
- 淀川交通事件(大阪地決令和2年7月20日・労判1236号79頁)
※この記事は、2024年2月14日に作成されました。