メンタルヘルス不調の報告を受けた場合、どう対応したら良いですか?
目次
社会的背景
「労働安全衛生調査」(令和4年調査)によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者または退職した労働者がいた事業所の割合は、13.3%です。
また、メンタルヘルス対策は経営とは関係がないとの誤解がありますが、メンタルヘルス不調によって、仕事の欠勤や、業務遂行能力・生産性の低下等をもたらします。
法的な取扱い
情報の収集
安全配慮義務
使用者は安全配慮義務を負っていますので(労働契約法5条)、労働者の生命・身体等の安全を確保するために「必要な配慮」をしなければなりません。そして、安全配慮義務に違反した場合は損害賠償責任を負い、事案によりますが数千万円以上の高額になることもあります。
心身の健康を損なわないように配慮するためには、その前提として従業員のメンタルヘルスに関する情報を把握する必要があります。そのため、本人の普段の様子を知っている上司が、体調を心配していることを本人に伝えた上で、不調の具体的な内容・程度等について聞いていくことになります。
メンタルヘルス不調の兆候の確認(援助希求力の乏しさ)
もっとも、一般的に心の健康問題については偏見があり、人事考課への悪影響を危惧し、あるいは自尊心、職場への気遣いといった事情から、メンタルヘルスに関する情報は本人からの積極的な申告を期待し難いという特徴があります。また、そもそも本人の病識が乏しい場合もあります。そのため本件においても、周囲はメンタルヘルス不調の可能性を感じていたものの、本人からの報告がなかったものと思われます。
もっとも、使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っています。
そこで、本件では、業務の過重性等の心理的負荷やメンタルヘルス不調の兆候の有無を確認する必要があります。すなわち、時間外労働時間数、異動、業務の内容・変化、ハラスメントの有無等について確認するとともに、職場の上司や同僚から本人の状態について聴取します。具体的には、勤怠の乱れ(無断欠勤・欠勤の繰り返し等)、作業効率の低下、身だしなみの乱れや言動、ミスの多発、取引先などからのクレーム(トラブル)などの仕事における支障(事例性)、業務軽減の申出の有無、希死念慮の有無等です。
また、このような普段とは異なる様子が2週間以上連続して表れている場合には、メンタルヘルス不調のサインの可能性がありますので、いつから兆候が認められるかについても確認します。
産業保健スタッフ等につなげる
会社の規模によりますが、健康状態について産業医や保健師等の産業保健スタッフに相談するよう、本人に促すことも重要です。
会社は産業医から、就労の可否や、業務量の調整等の就労継続のために必要な配慮内容に関する意見を聴取します。
また、業務効率の低下や勤怠の著しい乱れ等が認められる場合は、専門医療機関の受診を勧奨します。なかなか応じてもらえない場合でも根気強く説得を続け、それでも応じてもらえない場合は受診命令も検討します。
業務量の調整
これらの情報収集の結果、業務の過重性が認められ体調の悪化を看取できる場合には、必要に応じて業務を軽減して、労働者の心身の健康へ配慮します。
労働者の業務の負担のうち、客観的な側面については、一般的に、割り当てられる課題の量と、それらを処理すべき時間との相関関係によって決定されます(判例タイムズ1028号80頁)。
そして、調整の方法は、コア業務の特定により不要な業務を削減する等して割り当てる課題の量を減少することや、スケジュールの見直しや効率化等によって課題処理期間に余裕をもたせることが考えられます。また、人員の補充や採用等によって業務担当者を増加することも考えられます。どのような調整方法が適切かは、本人の状態と経営資源等との兼ね合いにより異なってくるでしょう。なお、急激に業務量を調整すると仕事を取り上げられたと感じ、それがかえって心理的負荷を与えてしまう可能性があります。そのため、調整する業務内容・時期を産業医等と相談の上、本人に対して調整する趣旨・目的を丁寧に説明すべきでしょう。
また、主観的側面については、上司による適切な助言・支援や、業務範囲と責任の明確化による個人が責任を過度に感じない仕組み作り等を通じて、精神的重圧を緩和することが考えられます。
図:業務の負担(客観的側面)とその調整
(出所)判例タイムズ1028号80頁をもとに筆者作成
休職
業務量の調整等を行ってもなお働くこと(債務の本旨に従った労務提供)が困難な場合は、直ちに労働契約を終了させるのではなく、一時的に休ませる(休職・休暇)という取扱いが多いです(詳細は紙幅の都合上割愛します。)。
なお、安全配慮義務には、精神疾患により休業した職員に対し、その特性を十分理解した上で、病気休業中の配慮、職場復帰の判断、職場復帰の支援、職場復帰後のフォローアップを行う義務が含まれる点に留意しましょう(さいたま市(環境局職員)事件―東京高判平29年10月26日労判1172号26頁)。休職に入った後は一切従業員と連絡を取らず、復職時に治癒したかどうか判断できずに揉めてしまうケースをよく耳にしますが、定期的に連絡を取り、可能な限り情報の提供を受けることが肝要です。
今後に向けた対応
本人からの申告がなくても気づき、対応する
メンタルヘルスに関する情報は、健康情報の中でも社会的偏見を受け易い等の点で秘匿性(プライバシー該当性)が高い情報です。
判例も以下のように述べています。
東芝(うつ病・解雇)事件―最2小判平26年3月24日労判1094号22頁
メンタルヘルスに関する情報は「自己のプライバシーに属する情報であり、人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報」である。
もっとも、同判例は、「使用者は、必ずしも労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている。」とした上で、「労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には、上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で、必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要がある」と述べています。
このように、労働者からメンタルヘルス不調を「聞いていない」からといって、必ずしも企業が責任を免れるわけではないことに留意しなければなりません。
過重な業務の存在や業務軽減の申出等、メンタルヘルス不調を十分認識できる状況においては、従業員からメンタルヘルス情報の申告がなくても、体調悪化の兆候に気づき、安全配慮義務を履行していく必要があります。
そこで、管理職に対してメンタルヘルス研修を実施し、➀着目すべき事実・兆候、②その事実・兆候があった場合の対応方針について予め身に付け、早期発見と適切な措置につなげていくことが重要です。
本人が助けを求めやすい制度の構築
また、メンタルヘルス不調者の援助希求力の乏しさという特徴に応じて、体調不良に気づいたときに援助を求められる制度を構築すべきでしょう。具体的には、相談窓口の設置や、産業保健制度を拡充して産業保健専門職に北風と太陽でいう太陽の役割を果たしてもらうことです。また、職場のみでは兆候を拾いきれないこともありますので、EAPの家族利用を通じて相談窓口へ案内することも考えられます。
実際の対応時のポイント(留意点)
診断が出ていない段階にもかかわらず、発達障害やアスペルガーなどという言葉が一人歩きしてしまうケースがあるようです。それによりレッテルが貼られてしまうこととなりますが、実際に診断してもらうと、あくまでそのような傾向があるだけで、発達障害等ではないことがあります。偏見に基づき腫れ物に触るような接し方をしているうちに、次第に陰性感情が芽生え、ひいては紛争に発展してしまうことがありますので、偏見をもって接しないよう留意することが肝要です。
まとめ
管理監督者を主体としたラインケアを通じてメンタルヘルス不調を早期発見し、適切に対応することによって、従業員の命と健康を守ることが大切です。そのためには平時から研修等を通じて観察力を磨き、体調悪化の兆候に気づけるようになる必要があります。
さらに、本件のような初動対応で終わらせることなく、休職期間中、および、復職時・復職後といったフローでの対応を通じて、職場復帰支援や再発防止を図ることが重要です。
不調の程度・原因、社内の制度等、具体的な事実関係によって執るべき対応やその優先順位は様々ですので、専門家と連携しながら一つずつ課題を解決していくべきでしょう。
※この記事は、2024年2月9日に作成されました。