セクハラ被害者が加害者と一緒に働けないと言っている場合の対応を教えて下さい。
事案発生時の対応としては被害者の保護と保秘が重要なポイントであり、経営者の迅速かつ適切な判断と対応が求められます。
セクハラとは?
そもそもセクハラとは何を指すのでしょうか。実は、現在の法律に明確な定義はありません。法令上は、人事院規則に「他の者を不快にさせる性的な言動」という趣旨の定めがあります。会社の対応という点では、これを通常の平均的な社員が「不快」と感じるかを基準に判断していただければよいでしょう。
セクハラ対応は会社にとってなぜ重要?会社対応の判断の基準は?
セクハラに関して会社が負う可能性のあるリスクは、大きくは①会社の職場環境の悪化による経営への悪影響、そして②債務不履行責任や不法行為責任として会社が法的に負う損害賠償等の責任などがあります。
①は計測が困難ですが、企業にとっては、むしろそれが故に経営に深刻なダメージを及ぼしかねない重大なリスクともなるものです。ただ、①の職場環境の悪化は、②の主たる発生原因でもあります。両者は実質的に重なる部分も多く、②の法的責任を回避することを基本に考えていただければよいでしょう。
それでは、②の責任の法的な根拠は何でしょうか。責任は法的な義務違反によって生じますが、ここで会社が負う義務は、安全配慮義務や職場環境配慮義務(被用者が働きやすい職場環境を整え、保つように配慮する義務)で、雇用契約上の付随義務とされるものです。法律上は、労働契約法5条や男女雇用機会均等法11条が根拠として挙げられています(後者は事業主に対する行政指導上のガイドラインですが、裁判上も法的責任を判断する上で間接的な根拠とされています。)。
具体的な義務の内容については、厚労省が同11条4項に基づいて事業主の措置義務を定めています。いわゆるセクハラ指針です。指針には、同条2項の具体的な措置義務として具体例を付して10項目が挙げられています。
いずれも必ず押さえておかなければならない重要な内容ですが、ここでは設問に沿って事案発生時の核心となる対応に絞ってご説明します。
事案発生時の対応の核心―被害者の保護と保秘
指針では、事案発生時の義務に関し、「事後の迅速かつ適切な対応」として初動段階での迅速正確な事実確認、被害者への配慮、行為者に対する措置などの6項目が挙げられています。
弁護士としての訴訟実務等に加え、組織管理時代にも多くの事案に当たってきた経験を通じ、筆者は、この中でも対応の成否を左右する特に重要な鍵となるのが、被害者の保護と保秘に関する対応と考えています。
実際に経験された経営者はお分かりと思いますが、いずれも明示の有無にかかわらず、被害者が例外なく求めるものでもあります。
気がかりなのは、経営上の問題で手一杯の経営者が、被害者の保秘の求めを理由に、一刻を争うはずの事実確認やそれを踏まえた対応措置を怠り、結果として本来最も重要な被害者の保護がなおざりにされる例が後を絶たない状況です。
「保秘」に他の対応と相反する面があるのは確かです。しかし、プライバシーの保護は、セクハラ指針にも、被害者の保護等との両立可能性を当然の前提として、明確に義務付けられています。指針は、長年にわたる国内外の多くの事例を踏まえて策定されています。実例に裏打ちされた実践的な内容が盛り込まれており、保秘がその他の対応をおざなりにする理由となるものではありません。
確かに同時に両方の要請を満たす上での困難さはありますが、だからこそ職場や当事者を熟知した経営者自らの創意工夫による的確な対応が求められるものでもあるのです。
平時からの備えの重要性
設問の被害者は、職場での加害者との分離を求めています。配置転換しようにも、会社の規模等から完全な引き離しが困難なケースも少なくないでしょう。加害者が重要な職場の戦力であり、外せない人材であるときはなおさらです。しかし、現実に被害者が受ける精神的ダメージは、外から考える以上に深刻なケースが多いものです。軽く見て対応を誤ったがために、会社が経営上極めて深刻な有形、無形のダメージを受けた例は枚挙にいとまがありません。こうした面での危機管理こそ、経営者の真の力量が問われる事態といえます。
改めて想起していただきたいのは、危機管理の基本の一つである、平時からの備えの重要性です。いかに卓越した経営者であっても、備えがないまま対応できる範囲には自ずから限界があります。幸いこれまでの幾多の手痛い失敗経験を踏まえ、セクハラに関する実践的な備えは、基本的にセクハラ指針に盛り込まれています。経営者の方には、平時においてこそ改めて自ら指針に目を通し、必要な措置を講じておかれることを強くお勧めいたします。
※この記事は、2024年2月22日に作成されました。