ミスをした従業員に対し損害賠償請求をすることは可能でしょうか?
従業員に故意または重過失がある場合には、損害賠償請求をすることは可能です。ただし、この場合でも、従業員に対する損害賠償請求は、信義則上相当と認められる限度に制限されるため、会社が被った損害について全額の請求をすることはできない場合が多いです。
はじめに
労働者(以下「従業員」といいます。)の職務遂行上のミスによって使用者(以下「会社」といいます。)に損害が生じた場合において、会社が当該従業員に対して損害賠償請求をすることの可否について、以下解説します。
法的整理
損害賠償請求の可否
まず、従業員の職務遂行上のミスによって会社に損害が生じた場合であっても、従業員に故意または重過失がない場合には、原則として損害賠償請求をすることはできません(名古屋地判昭和62年7月27日労判505号66頁参照)。
次に、従業員に故意または重過失がある場合には、損害賠償請求をすることは可能です。
ただし、この場合でも、従業員に対する損害賠償請求は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に制限されます(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁参照)。
具体的にどの程度制限されるかは、①事業の性格、規模、施設の状況、②従業員の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、③加害行為の予防、損失の分散についての会社の配慮の程度、④その他諸般の事情に照らして、ケースバイケースで判断されます(上記昭和51年判例参照)。
たとえば、従業員に重大な過失がある場合でも、会社側の教育・管理体制に不備がある場合や労働環境が劣悪な場合には、従業員の責任は制限されることになるでしょう。
裁判例においても、従業員の責任は会社が被った損害の5%、10%、25%、50%(その他の%もあり)に限られるとされるなど事案ごとに差があります。
なお、従業員に故意がない場合においては特に、従業員の責任が100%になる(つまり会社が従業員に対し全額請求することができる)ケースは稀です。
責任制限の根拠
従業員の損害賠償責任が制限される根拠は、①危険責任の法理(従業員は会社の指揮命令下で働いており、その分会社も危険発生について責任を負っている)、②報償責任の法理(会社は従業員の労働力を利用して利益を得ている以上、その労働力から生じた損失についても負担すべき)にあると解されます。
対応策
上記のとおり従業員の職務遂行上のミスによって会社に損害が発生したとしても、従業員に対する損害賠償請求という手段によって、損害を十分に回復することは困難な場合が多いと考えられます。
そこで、会社としては、日頃から、できる限りミスが生じないように教育体制・管理体制・健全な労働環境を整備することや、ミスが生じてもそれが損害発生につながらないような仕組みを構築しておくことが望ましいです。
また、教育等をしてもミスを繰り返す従業員に対しては、人事考課の評価、業務改善命令、(頻度・程度・従業員の態度等によっては)懲戒処分等により改善を求め、それでも改善が見込めない場合には退職勧奨・解雇等も視野にリスク管理をしていくことになるでしょう。
※この記事は、2024年1月22日に作成されました。