従業員に個人の携帯電話を提出させたいです。
漏洩元を突き止めるために、全従業員に対し個人の携帯電話の通信記録の提出をさせたいのですが、可能でしょうか?憲法に「通信の秘密は、これを侵してはならない。」と書いてあるので、難しいことにならないのか心配です。
憲法および電気通信事業法の「通信の秘密」
日本国憲法21条2項後段の通信の秘密保護規定は、そもそもは1831年のベルギー憲法以来の流れを汲むものです。19世紀前半に発するその趣旨は、郵便事業の国営独占を前提として、郵便物を取り扱う段階における国による検閲を禁止するところにありました(当該検閲部局はフランス語では黒い部屋(キャビネ・ノワール)と呼ばれていました。なお現在、通信の秘密とされるものには、通信の意味内容のみならず、通信当事者の居所・氏名・通信回数等といった通信そのものの構成要素も含まれるものと解されています。)。
電気通信事業法4条1項も「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。」と規定し、「電気通信事業者の取扱中」であることを要件としています。電話の通話内容も、端末設備で聴取し得る段階では当該「取扱中」の範囲外になるとされています。
したがって、従業員が有しているその通信記録の提出を求めることが、憲法や電気通信事業法の「通信の秘密」の問題になるものではありません。
携帯電話の通信記録調査と労働法
会社貸与の携帯電話の場合
会社貸与の携帯電話についてならば、私的利用の監視・調査は、就業規則等であらかじめその旨明定しておけば可能と解されています。また、事前の明定・周知がなくとも、監視・調査の必要性と目的の合理性、手段・態様の妥当性、並びに労働者が合理的に期待するプライバシー保護の程度及び監視・調査により労働者に生ずる不利益を考慮して、可能とされ得るものとされています。
なお、会社における私的通信がそもそも許されるかという問題もありますが、会社の設備の私的使用については、以下のように説かれています。
会社設備の私的利用は、
・それが特に禁止されていない場合であって
・会社における職務の遂行の妨げとならず
・会社の経済的負担も極めて軽微なものである
ときには、必要かつ合理的な限度の範囲内において、社会通念上許容されている。
私物の携帯電話の場合
私物の携帯電話の利用状況調査を会社が行うという事態は、従業員の私生活への介入になりますので、一般に想定されていないようです。なお、私物の検査ということになると所持品検査ということになりますが、所持品検査の可能性について、判例は以下のように述べています。
所持品検査は、
・これを必要とする合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない。
・就業規則その他の明示の根拠に基づいて行うべきである。
しかし、携帯電話は正にプライバシー情報の塊ですので、どのような検査であれば「妥当な方法と程度」によるものであり得るかがまた難しいところです。
- 齊藤雅俊「憲法21条の「通信の秘密」について」東海法科大学院論集第3号(2012年3月)113-139頁
- 前田正道編『法制意見百選』(ぎょうせい、1986年)529-551頁
- 菅野和夫『労働法(第12版)』(弘文堂、2019年)695-696頁、709-710頁
- 荒木尚志『労働法(第5版)』(有斐閣、2022年)96-97頁
- 同「電子メールの私的利用と監視・調査――F社Z事業部(電子メール)事件」別冊ジュリストNo.241(2018年12月)メディア判例百選(第2版)236-237頁
- 原昌登「プライバシー保護――E-mail閲覧訴訟」別冊ジュリストNo.197(2009年10月)労働判例百選(第8版)60-61頁
- 柏﨑洋美「所持品検査――西日本鉄道事件」別冊ジュリストNo.257(2022年1月)労働判例百選(第10版)118-119頁
※この記事は、2023年11月17日に作成されました。